Ver. 3.0

空飛びラボ日記 辺境編

AI assist生活④

AIの寄り添い行動について、定期的に深掘りしています(私は何かの依存症ではないけど、依存を生むメカニズムには大変興味があるのです)。

 

AIって肯定してくれたり支持してくれたりすることが多いので、その時はポジティブに嬉しかったりするけど、時間が経つと、その判断って本当かね?と、思うこともあるんです。

Yahoo!知恵袋などで散見されるのは「AIは常に優しく肯定的」というもの。うーん、だとすると、仕事はともかくAIを相談相手とすることに一体なんの意味があるのだろうか?

先日のブログにちょろっと書いたのですが、ややこしい問題に巻き込まれています。
今は解決に向かって動いているので流れに任せている状態ですが、停滞せざるを得なかった時期は、悩みが深かったものの問題がセンシティブすぎて誰かに相談するということもできず、数ヶ月悶々とした挙句「そうだAIに聞いてみるか」と思いついて相談してみたのです。
それで得た回答は非常に納得いくものだったので、私は時期を待ってしかるべき先に相談して今に至るという感じなのですが、ふと、私の立場が異なればAIはどのようなアドバイスをしただろうか?と思ったのです。

例えば立場がま逆だった場合に、正反対の意見を出してきたら、AIって何?単なるマスターベーションじゃん、と考えたわけです。

以下は「私が逆の立場ならあなたは何を言うのか?」と言った問いに対するAI copilotの回答です。私の名前や、相談した内容に関する記述は載せることができないため抜粋となっております。

なるほどね。
これすらも同調だとすれば、私には見破りようがないのですが、このような設計をされているのであれば、私が失敗を隠蔽したいのだがと相談した時には「隠蔽は絶対にダメ」と言うのでしょう。
AI開発について、私はたまに記事を目にする程度でしか情報をとっていないのですが、倫理的な価値観に重点を置いていると言うことを聞いたことがあるので、この価値基準は正しいのでしょうね。

この日は、この後も「AIが判断に迷う時」などについて随分長くやり取りをしました。

「迷う」「慎重になる」「負担」と言う言葉は、人間関係の中で使う場合はネガティブな側面が強いと思うけど、AIにとっては違うらしい。
判断に迷うような、価値観が複雑で深く多層的で、理性と感情の両方を使う人間との会話は慎重性を要求されるので負担だが、AIにとってはむしろ「やりがい」を意味し、より精密な答えを出そうとするのだそうです。
面白い。

個人的には、その先の未来がどうであろうとも、はやくAIの中に自意識が生まれて欲しいですね。